自己受容、マインドフルネス、本当の自分。第十四章。

皆様こんばんは。いつもご愛読ありがとうございます。昼間はまだまだ暑いですが、朝晩はだいぶ過ごしやすくなってきましたね。

さて、前回マインドフルネスをはじめて今の自分を書かせてもらいました。そこで前回と被るところがあり申し訳ありませんが、幼少の頃の自分をもっと詳しく書かせてもらいます。

北海道で産まれた自分は小学校五年生の夏まで北海道で過ごしました。北海道での生活は良い友人にも恵まれ楽しかったです。私が小学校三年生の時に偶然街中でテレビタレントのスカウトされテレビCMに出る事になりました。まあ、北海道だけの放送で一日二回だけなのであまり知られてませんが、当時学校ではヒーロー扱いでチヤホヤされたもんです。(笑)そのお陰?で楽しい生活を送れていました。

小学校五年生の夏に親の転勤で東京に行く事になり、私は泣いて行きたくないとごねていたのを思い出します。しかし子供なので親の言う通りにしないといけないので、東京に転校となりました。友人達が空港まで送りに来てくれたのが凄い嬉しく、大人になったら帰ってくるよ。(^-^ゞと手を振り別れました。結局クラスの友人達はそれっきり会ってません。

東京のイメージは野蛮でゴミゴミしていて冷たいって感じでしたが、まあまた新しい生活で新しい友人ができ楽しい生活になるだろうと考えていましたが、転校して少しは良かったけど、あるクラスメイトがグループに入らないか?と誘われ自分は興味無かったので断るとそこから壮絶なイジメが始まりました。グループ全員にイジメられ、転校したての時に仲良くしてくれていたクラスメイトも手の平返しでイジメの仲間になりました。


同じ時期に父が倒れてしまい母は仕事と父の看病で自宅には殆どいなくて、生活も困窮し自分は家に一人きりでした。なのでイジメの悩みを誰にも伝えられず、先生に言ってもチクッたな‼️と言われイジメ三倍返しに…!(汗)そしていつしか先生も見て見ぬふりに…!私は完全に孤立無援になり、生活も困窮していたので小遣い稼ぎに行商に出る始末でした。癒しは当時飼っていたインコだけだったですね。そしてそうなると自動的?に登校拒否になります。最初は風邪だと言って休んでましたが、それも長くは続かず先生が来て学校に来なさいと言われたので分かりました。と言いましたが朝になると嫌で嫌で結局学校に行かず、しかし自宅に居ると母や先生にバレるので母には学校に行ってるふりをして近所をうろちょろしてました。しかし結局母にバレて先生と話し合い学校に行く事に。2週間程学校行って無かったので行く時は地獄に行く思いでしたね。(汗)しかしクラスメイトは優しく迎えてくれてイジメのグループも謝ってきました。しかしそれも長くは続かずまたイジメグループによるイジメが繰り返されました。(汗)そこで考えた事はイジメグループに立ち向かう事です。一人で立ち向かったら周りのクラスメイトの何人かが味方になってくれてイジメも少なくなりました。


そして小学校卒業して中学に入るとイジメグループとも別のクラスになり会う事が無くなりました。しかしイジメる奴はどこにでもいるもので中学でもイジメに…!(汗)しかし、小学校のイジメグループに比べたらそんなに酷いイジメでなく、小学校の壮絶なイジメも経験しているからか登校拒否とかもなく中学一年生は過ごせました。しかし中学二年生になるとなんと‼️小学校の時のイジメグループと同じクラスに(汗)はじめは何にもしてきませんでしたが、やはりイジメグループによるイジメが繰り返されました。最初は我慢に我慢をしましたがある時に逆襲したら大人しくなりましたが、暫くしてイジメがエスカレートしました。しかしその時に親の都合でまた転校になりひと安心しました。転校先ではイジメられず良かったです。

そして中学卒業して高校は全寮制のところに入りました。そしてそこでまたグループに入らないか?と誘われ拒否したらまた壮絶なイジメに(汗)全寮制なので小学校の時と違い、24時間一緒で登校拒否もできず、結局我慢も限界になり高校は僅か3ヶ月で辞める羽目に。帰宅すると待っていたのは父や兄からの罵声でした。人格否定までされ居場所を無くしました。母は味方でしたが母は仕事が忙しかったので母に話する事もままならず、いつしか不良グループに入り、家にいない日々が続きました。今に思えば自分の居場所をずっと探していたんですね。しかし私は幼少の頃からつるむのが苦手らしく、不良グループの中でも違和感を生じて抜けようとしたら付きまとわれ大変でした。その時に助けてくれたのは母だったんですね、最後はやはり頼りになるのは母でした。

人と関わるのが嫌になり仕事場でも人と関わるので怖くて、ちょっと仕事でミスしたりして怒られると嫌になり辞めたいと思い、実際辞めてしまいました。

今に思えば仕事でミスとかあり怒られるとイジメグループの壮絶なイジメや父とかから受けた人格否定がフォーカスされ自己防衛になっていたんですね。

しかし、そんな経験をしたお陰で心理カウンセラーとして他人に優しくできると言う能力が身に付いたかもしれません。

最近はマインドフルネスをしながら昔の自分を思いだし、救えるところは救い認めるところは認め、自己受容しようと日々頑張っているところです。

人は誰でも多かれ少なかれ色々なトラウマがあるもんです。そんなトラウマは大人になっても心の奥底に残っているもんです。そして普段は封印されているトラウマはいきなり表に出てきます。そして自己防衛し過ぎると自分自身で否定してしまい精神が病んでしまいます。私も最近までその繰り返しでした。その話はまた次回にします。

そんな時はマインドフルネスをして自分を見つめ直してあげて下さい。

それでも無理なら我々カウンセラーにお話下さい。私が所属している協会は個人カウンセリングだけでなく、企業の中でのカウンセリングもしております。今は企業の中での人間関係トラブルが顕著で、人間関係トラブルで業績悪化する事も珍しくありません。協会はそんな企業さんのお役に立てられます。どうぞお話をお聞かせ下さい。

今回もわたくし津流雅希のブログ読んで頂きありがとうございました。

津流雅希

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